前回は、人や自分が嫌がることはやめましょう、という事を書きました。
今回は、自分で自分を認めないといつまでも人の注目や評価を求め続けることに なると言うことを見てみます。
自分が我慢することで、その場のバランスを取ろうとするやり方がありますね。
自分が引けば、自分さえ我慢すればうまくいくって思ってるとどうなるでしょ う。
よく人の器と言いますが、器に大小はあっても器である以上キャパシティに上限 がありますよね。
我慢にも限界がある。
我慢してる時ってどんな感じします?
私の場合だと、「自分を横に置いてる感じ」、「自分を粗末に扱ってる感じ」、 「自分を大切にしてない感じ」がします。
つまり、そういうメッセージを自分に送り続けているわけですよね。
良い悪いにかかわらず、自分が人に何かを言うことやすることによって、同時に
自分にも特に潜在意識に何らかのメッセージを送っていることになります。
それが知らず知らすの間につのっていき、強化されていきます。
器に余裕があれば、少々の我慢は出来るでしょうが、一定水準を超えてくると何
かしら反応がでてきます。
何か落ち着かない感じやイライラしたり寂しくなったり人によって時によってい
ろいろな形で出てきますね。
この時に気がつければまだ良いですね。
「いつもと何か違うぞ」、「何かおかしいぞ」、「いつもみたいに楽しめてない
自分がいるなぁ」という時は、自分が気がつかないような所で遠慮したり我慢し
たりしてたのが積み重なってきてるということでしょう。
もし頻繁に我慢して自分を自分で削っていたらどうなるんでしょう。
多くの場合、自分で削ってしまったところを埋めてくれる人を探します。
誰かの評価や注目がたくさん必要になってしまいます。
評価や注目をもらうと、例えそれが一瞬でも認められている感じ、ここにいても
良い感じ、極端に言えば生きていても良いと認められている感じがするのかもし
れません。
目立つことをしようとしたり、それができなければ同情を買おうとしたり潜在意
識のレベルではそれをなりふり構わずやってしまいます。
人が生きていくのに「認める、認められる」ということが必要なようです。
少し離れてみてみると、自分で自分を削って、そして人にそれを埋めてもらおう
として悪戦苦闘しているこんな構図が見えてきます。
私の中で最初にこれに気づいた時は、笑ってしましました。
少し涙を浮かべながら笑ってましたね。
だって、楽しくは無かったもんね。
ある意味自作自演で馬鹿なことを長くやっていたんだなと思いながらも、とって
も救われた思いも同時にしていました。
その時も笑っていましたね、さっきとは違う意味で。
見えてしまえばやることは簡単です。
自分を卑下したり、変な謙遜したり、出来ない振りしたり、我慢したり、遠慮し
たりするのを出来るところから少しづつ減らして、同時にこれまでは人に求めて
いた評価や注目を自分が自分に与えていくということを始めていきました。
そうすると、みるみる状態はよくなっていきましたね。
何かにすがったりする必要性が無くなってきているのでイライラすることも減 り、少しずつ余裕も生まれてきます。
最初は自分をほめると言うことから始めるのが入りやすいかもしれませんが、あ
る程度落ち着いて来れば、特にほめると言うことでなくても、「これでいいんだ
」、「あれをやったらおもしろそうだな」、「うまくできそうだ」、とかいう風
に自分の中の出来る部分に意識を向けていくだけでその部分が活性化して拡大し
ていきます。
《今日の私への最高の質問!!》は、正にその部分に働きかけています。
自分の中の出来る部分、信頼できる部分、頼もしい部分に意識を向けて、結果と
してそこが広がっていきます。
懸命な努力はいりません。
自分を削るのを止めて、《今日の私への最高の質問》を自分に問うて、自分自身
に意識を向け、その変化を感じて見てて下さい。
それだけで、起こってくることがあります。
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