前回は、変化している所に気付く、をみてみました。
今回は、一生昼寝でも良い、をみてみます。
これまでにも何回か話の中に出て来たことがあると思いますが、昔から私は「三年
寝太郎」という昔話が好きでした。
最近は見てないですが、VHSの頃に何回も何回も見て随分画質が悪くなっていまし
たね。
知らない人のために簡単に説明すると、昔々村人達が真面目に畑仕事に精を出して
いる時に1人何もしないで毎日昼寝をして暮らしている人がいました。
周りの人からは、怠け者とかぐーたらとか言われていました。
3年ほど寝続けて、ある日何かを思いついたのか、ムクッと起き出して何かを始め
ました。
沢山わらじを用意して、金山で働いている人に無料であげて、履き古したわらじを
集めてきました。
そして、その古いわらじを水を貯めた桶で洗うと、わらじに付いていた砂金が沢山
取れて大金持ちになりました、というような話しです。
念のために補足しておくと、別のパターンのお話しやいくつかの場所で同じような
言い伝えがあったりするようです。
この話しのどこに惹かれているのかなと時々考えるのことがあります。
思いつくままに挙げていくと、
周囲の声を気にすることなく、常にマイペースであること。
やる時にはやる行動力があること。
最後には、すごい成果を上げていること。あたりでしょうか。
日本の昔話しにありがちな二宮金次郎的な勤勉や勤労、努力を賛美するものではな
く、自由な雰囲気や奔放さを心地良く感じます。
特に、その名前の通り、三年寝ていたというのがすごいなと思っていました。
自分が20代くらいの時には、夢や理想を持ちながらも常に焦りがあって、「これで
良いんだろうか」「やるべきことがやれていないんではないだろうか」「何かしな
ければいけないことがあるじゃないか」という声がいつも自分の中で鳴っていたよ
うに思います。
ある頃に、何かのきっかけで、「一生このままでも良いかな」「すごい人になった
り、目立った成果を上げられなくても、一生昼寝をして人生を終えてもいいや」と
いう心境に一瞬なりました。
逆説的ですが、一度そう思えると、それまであった硬さや重さが取れて、気分が軽
くなり動きやすくなります。
怖さや心配、焦りから自分に行動を迫ることがなくなり、面白さや興味から自然に
動き出しやすくなったように思います。
「今のままではいけない」「何かやらなければいけないことがある」「私は十分に
出来ていない」と思うことを止めることで色んなことがとてもスムーズになるそん
な感覚があります。
今のままでも良いと思えた時、自由に他の選択もできるようになったんだと思います。
そんな目でもう一度、三年寝太郎の物語を見てみると、いろんな思いが出てきます。
毎日寝て暮らしている時にも、ただそうすることがその時の自分にとって自然だっ
たり、何かの問題意識を持ちながらも頭で一生懸命考えるというよりかは、インス
ピレーションを得たり、それをまとめるのに3年くらいかかったのかなとも思った
りします。
イメージやインスピレーションを扱っている時には、外からは何をやっているのか、
何もやっていないのかわからないでしょうからね。
そして、やることが定まった時に迷いなくスッと行動して、かつ余計なことはして
ない感じも好きです。
日々何かをやらないと行けないと思ったり、自分はちゃんとやっていると証明する
ための行動をする必要がなく、いつも自然な自分でいれば、必要な情報やインスピ
レーション、次へのガイドのようなものは、絶妙なタイミングでやってくることを
信頼して、日々気が向くものを気が向くままにリラックスして楽しんでいればいい、
というようなことを三年寝太郎の物語の中に見るようになっていきました。
もちろん、三年寝太郎の物語自体がそんなことを言っているわけでもないし、伝承
の物語であって、どこまでが史実かもわかりません。
それが史実であってもなくても、結局の所、自分が見たいものをそれを通して見る
だけなので、どちらでもいいことですね。
今でも焦りが出た時には、「一生昼寝でも良いんだった」と意識すると、スーッと
楽になって、自然な状態の自分に戻っていけます。
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